はじめに

似鳥氏ニトリホールディングスを創業した実業家で、日本の長者番付でも20位以内に入り資産家でもあります。

今回はその似鳥氏の生い立ちや逸話についてご紹介します。

似鳥氏の経歴や生い立ち

略歴

1944年樺太で生まれ、札幌で生まれ育ちます。

1966年札幌学園大学経済学部を卒業

1967年似鳥家具店を創業

1972年株式会社ニトリ現ニトリホールディングス)を設立)

2017年同社社長職を退き、会長へ就任

壮絶な家庭環境

似鳥氏の実家は終戦後に樺太から引き上げてきた家庭で、当時非常に貧しかったようです。

当時は終戦直後で何もかもが不足していた時代で、同氏の実家での父親が会社を経営していたものの、生計は母親の行うヤミ米の販売で立てていました。

しつけも非常に厳しく、殴るなどは当たり前。学校でもヤミ米を売っているせいでいじめられるなど、劣悪な環境での幼少期、学生時代を過ごしていらっしゃいます。

学業もあまり振るわなかったようです。

早期退職からのニトリ創業

同氏は大学を卒業後、はじめは広告会社で営業職として就業をします

しかし、パチンコにいっていることがバレるなど、1年たたずで退職。その後父親の会社に入るも火事を起こしてクビになるなど、散々な社会人スタートを切ります。

父親の会社をクビになった後に、1967年若干23歳で現在のニトリの前身となる「似鳥家具店」を創業します。

当時家具屋を選んだ理由が「近所に家具屋がなく儲かりそうだったから」というのも驚きですね。

株式会社ニトリを設立

似鳥家具店を創業するも、当初は厳しい状況が続いていたそうです。特に近所に大型店ができてからは輪にかけて厳しくなり、打開策を求めて似鳥氏はアメリカ研修セミナーに参加します

当時日本の年収水準はアメリカの三分の一でしたが、家具の値段は3倍もしていました。

チェーンストアの仕組みの凄さに気が付いた瞬間でした。

加えて、アメリカの豊かな生活に衝撃を受けることになります。

似鳥氏は「日本の暮らしをアメリカと同じようにしたい」という思いをもって帰国します。

似鳥氏曰く「ロマン」を持って株式会社ニトリを設立し、再出発することとなります。

渥美俊一氏との出会い

アメリカから帰国後、チェーンストア化をするために取り組みますが、いかんせんノウハウがない、という状態で悪戦苦闘をしていました。

そこで転機となったのが、日本へチェーンストア理論を紹介した渥美俊一氏との出会いです。

渥美氏は当時ペガサスクラブという勉強会を開催しており、似鳥氏は同会へ入会し、学んでいきます。

アメリカで感じた「ロマン」に加えて「ビジョン(具体的な数字や計画)」を持って経営を行うようになりました。

1972年当時に掲げていた第一期計画は「30年間で1000店舗を実現し、売上高を1000億円にする」というもので、1年遅れではありますが、2003年に見事に達成されいます。

現在は第二期計画「2032年に3000店舗、売上高を3兆円にする」へ向かった邁進されています。

似鳥氏の資産や年収

似鳥氏の資産額は約3,780億円とされております。

これは日本の長者番付の第14位となっており、今後も増えていくことが予想されます。

年収については2020年の東洋経済社から役員報酬1億8900万円、配当収入3億6800万円というデータが出ています。

似鳥氏の逸話

奥様百々代夫人のすごさ

24歳で結婚をされた似鳥氏ですが、当時は似鳥家具店の切り盛りでとても忙しい時期でした。

パートナーとなった百々代夫人が接客全般を担当し、似鳥氏は商品開発や仕入れなどに力を注げるようになったとのことです。

百々代夫人は非常にポジティブで力強く、ニトリの黎明期を支えていたようです。

一族経営にしない、経営へのポリシー

競合他社の大塚家具など、オーナー企業では一族経営を行っている企業が多く見られますが、ニトリに関しては後任に白井俊之氏を選ぶなどその限りではありませんでした。

前述の家庭環境も影響しているかもしれませんが、息子を入社されることが派閥ができることを恐れて、はじめから入社をさせない。娘はニトリで就業されていますが、社内結婚をしたら結婚相手には退職をしてもらうつもりであるなど、徹底をされています。

似鳥氏の名言

儲けようと考えていたら、お客さんは逃げていきます。店側が儲けてやろうと身構えていたら、そんなところには近づきませんよね。逆に買い物をしているお客さんの方が、儲かったと思うようでなければいけません。だから、まずは心の中から、儲けたいという思いを取り除かなければいけないんです

夫婦関係と同じように、ビジネスでも見返りを求めません。儲けようとすると、お客さんは逃げていきます。喜んでもらえればいいのです

本質的ではないことに振り回されているのが、日本の小売業です。小売業=接客という図式が当たり前のように信じられていますが、私たちはそれを、科学と論理によって実現しようとしているのです。

環境は常に変化していますから、過去の成功は忘れ、新しい方法に切り替えていかなくてはいけません。

一貫してお客様視点での考え方と、市場の変化、合理性を求めている名言が多いです。小売業界を改革してきた似鳥氏ならではの視点や価値観ですね。

まとめ

似鳥氏は戦争の影響を受け、苦労した環境で生活をされてきました。

その逆境を跳ね返して成功した実業家と言えるでしょう。

今ではニトリやユニクロ、無印良品などがどの百貨店にも入っていますが、創業が1972年と50年以上前だというのは意外ではなかったでしょうか。

今後もニトリは似鳥氏の創業時の考えである「お値段以上」を踏襲して、日本の家具業界を引っ張っていくプレイヤーであり続けるでしょう。

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