江副浩正氏の経歴や生い立ち

江副浩正氏リクルートグループの創業者である実業家です。

1988年のリクルート事件で強制的に実業から外れることとなってしまいましたが、その経歴や生い立ちはどのようなものだったのでしょうか?

生い立ち

江副氏は1936年に愛媛県で教師の息子として生まれます。

その後、大阪へ転居し、中高と大阪で過ごします。

江副氏の学生時代は特別何かが優れていたわけではなく、身体も小さかったため、同級生たちの間ではあまり印象に残らない少年だったそうです。

受験を潜り抜ける戦略として当時問題の優しかったドイツ語を専攻し、東京大学へ入学をします。

株式会社大学広告を創業

江副氏は東京大学へ入学後、歩合制に引かれて東京大学新聞の広告営業のアルバイトをします。

そこで、法人向けの営業経験を身に付けた江副氏は、株式会社大学広告を立ち上げます。

当時、求人広告はかなり限定的な情報しか世に出ていませんでした。

それこそ親族のコネや知人の紹介で入社することが当たり前の時代です。

それを求職者が選べるように情報を整理し、今となっては当たり前となる求人広告を作成したのです。

大学の新卒者向けへ創刊した「企業への招待」が最初の成果物となります

ちなみに、創業当初は大学の先輩である森稔氏(森ビル創業者)の賃貸ビルの屋上を間借りして活動していました。

リクルートへの社名変更と成長

大学広告社は1963年に日本リクルートセンターと社名を変更します

ここで初めてリクルートというキーワードが出てきます。

当初の求人広告を軸にしつつ、リクルートは住宅(現スーモ)や進学、旅行など様々な分野の広告業へ進出をしていくこととなります。

その一環で、江副氏は営農事業リクルートファームやリゾート開発、不動産開発にまで手を出します。

江副氏は元々不動産業へ進出をしたい野望を持っており、それをかなえた結果となるのですが、後に多くの不良在庫を抱えてしまいます。

リクルートグループは創業当初のプレハブ小屋ではなく、都内の一等地にも自社ビルを持てるような一流企業へと成長します。

リクルート事件

江副氏に対しては世間的にはこのリクルート事件の印象が強いかもしれません。

リクルート事件とは、1985年に起こった贈収賄事件です。

当時江副氏の率いるリクルートグループは様々な事業へ進出しており、大きな利益をあげていました。

しかし、新興企業というレッテルはぬぐえず、財会ではまだまだ色物として見られており、江副氏は何とか財界とも交流を深めようと考えていました。

そこで上場が決まっていたリクルートグループの不動産事業を担う、リクルートコスモスの未公開株を政治家へ譲渡したのです。

江副氏としては主幹事である大和証券には何度も違法性はないかの確認は取っていたとのことですが、判決としては有罪となり世間からも大きく非難されます。

リクルート自体の経営もこのイメージ悪化とバブル崩壊により危機的状況に陥り、江副氏の保有するリクルート株をダイエーへ譲渡することで、経営の第一線から退くこととなります。

退任後

江副氏はリクルート事件をうけての退任後、ひっそりと暮らします。

かねてからオペラ造詣が深く、経済的な支援も行っていました。

晩年はオペラ興行団体の代表を務めたり、東京オペラシティへの支援など、その発展に尽力をしています。

江副浩正氏の資産や年収

1992年に納税額39億円で日本トップとなっているなど、とんでもない収入を持っていたことが想像されます。

晩年はオペラの分野でのパトロンとなっており、資産は1000億円を超えていたのではないかと言われています。

江副浩正氏の逸話

自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ。

江副氏が作った言葉であり、リクルートグループのエッセンスが凝縮された考え方です。

リクルートグループは経営者を多く排出しており、2020年現在でも業績を拡大し続けています。

その考え方の根底となるので、江副氏の言う「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ。」です。

これは自身できっかけを作り、行動することで可能性の範囲が広がり、またチャンスが訪れるという好循環を生み出すことに繋がります。

この言葉に感化された社員は多く、自身のデスクにメッセージを掲げている人も多くいるようです。

江副浩正氏の名言

人のやらないことをクリエートして、時流に乗るのがわたしの流儀

私が足らないところが多かったから、みんなが助けてくれた。それで、みんなで力を合わせてやろうという共通認識が根づいた。

我社は永遠の発展を願っているが、それは後継者たちの力のいかんにかかっている。後継者の育成も、マネージャーの大切な仕事である。自分が脅威を感じるほどの部下を持つマネージャーは幸せである。

まとめ

江副氏についてご紹介しました。

リクルート事件で表舞台から消えてしまったことが悔やまれる偉大な経営者でしたね。

現在でも堀江貴文氏など、江副氏を尊敬しているトップ経営者は多いと言います。

「たられば」になってしまいますが、リクルート事件がなかったら、という姿を想像してしまいますね。

江副氏の功績として、リクルートグループという日本屈指の企業を創業したこともありますが、それ以上に経営者を排出し続ける組織風土を作りあげたことも日本経済界への影響だと大きいかもしれませんね。

江副浩正に関する書籍

  • リクルート事件・江副浩正の真実

    リクルート事件とはなんであったのかを、主人公自らがはじめて明らかにした現代史の証言。資料なども充実。
    ¥2,799(税込)