織田信長の年表

ではまずはじめに織田信長の簡単な年表について見ていきましょう!

幼少時代(0歳〜17歳)

1534年 尾張(現在の愛知県)の戦国大名「織田信秀」の長男として生まれる

1549年 16歳の時に斎藤道三の娘「濃姫」と結婚する

青年時代(18歳〜39歳)

1551年 父・信秀が死去し、18歳で織田家の跡を継ぐ

1560年 桶狭間の戦い今川義元に勝利する

1570年 姉川の戦いで浅井氏、朝倉氏に勝利する

1571年 比叡山延暦寺を焼き討ちにする

晩年(40歳〜49歳)

1573年 室町幕府を滅ぼす

1575年 長篠の戦い武田氏を討ち取る

1576年 安土城を築く

1582年 本能寺の変により自害する

織田信長の有名な戦い

では次に織田信長の合戦の中でも特に有名な3つについて紹介していきます!

桶狭間の戦い

Wikipediaより引用

1560年に尾張国知多郡桶狭間で行われた今川義元との合戦

2万5千人もの今川義元の大軍に、4000人ばかりの兵を率いた織田信長が奇襲し、勝利を収めた戦いです!

駿河など3国を治めていた今川義元に対し、尾張1国しか治めていない織田信長が大逆転勝利を収めたとして、信長の名を全国に轟かせる歴史的な合戦になりました。

長篠の戦い

Wikipediaより引用

1575年に戦国最強と言われていた武田氏を討ち取った、織田信長の合戦の中でも最も有名な合戦です。

この戦いに勝利したことで織田信長は名実ともに天下人になりました。

またこの戦いでは、戦国最強と言われた武田軍の騎馬隊を新兵器「鉄砲」を戦略的に使用し勝利を収めたとして、後の戦に影響を与えました。

本能寺の変

Wikipediaより引用

1582年に、明智光秀が主君・織田信長を討ち取った日本の歴史上屈指の事件です。

13,000人の兵を連れた明智光秀が本能寺に宿泊中の織田信長を奇襲。

150人ほどしかいなかった軍勢に信長は対抗しきれないと悟り、寺に火を放ち自害しました。

織田信長の名言

では、次に織田信長の名言について見ていきましょう!

鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス

信長が詠んだと言われている一句。

信長の「非情さ」「残忍さ」といった性格をよく表した一句だと言われています。

人間五十年 化天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり一度生を受け 滅せぬもののあるべきか

織田信長が特に好んで演じた幸若舞「敦盛」の一節。

桶狭間の戦いや本能寺の変での自刃前に待ったとされています。

臆病者の目には、敵は常に大軍に見える

桶狭間の戦いや長篠の戦いなど、確実に勝てないと言われた合戦でも諦めずに勝利に導いた織田信長らしい名言!

織田信長の家紋

織田信長の家紋で最も有名なものは織田木瓜とされていますが、実はそのほかにも6つの家紋を使っていたとされています!

その詳細について見ていきましょう!

織田木瓜

http://kisetsumimiyori.com/nobuanga/より引用

織田信長の家紋として最も有名な家紋。

八坂神社や祇園社の神紋のイメージが強く、格式高い家紋とされています!

菊紋

http://kisetsumimiyori.com/nobuanga/より引用

この家紋は皇室のものとして有名です。

織田信長は正親天皇から拝領し、使用していました。

揚羽蝶

http://kisetsumimiyori.com/nobuanga/より引用

この紋はもともと平氏の家紋とされており、織田信長は自身が平氏の流れを組むとして使用していました。

永楽通宝銭

http://kisetsumimiyori.com/nobuanga/より引用

織田信長が旗紋として使用していました。

政策を行なっていた織田信長ならではの家紋と言えます。

五三桐

http://kisetsumimiyori.com/nobuanga/より引用

皇室の家紋として有名です。

足利義昭が皇室よりもらったものを拝領し使用していました。

二つ引両紋

http://kisetsumimiyori.com/nobuanga/より引用

五三桐と同じく、足利家の家紋を拝領したものです。

無の字

http://kisetsumimiyori.com/nobuanga/より引用

禅の教えから作られた家紋です。

織田信長の城

織田信長は城の引越しが多かったという点でも有名です。

織田信長が住んでいたと言われる城について詳しく見ていきましょう!

那古野城

Wikipediaより引用
城の位置 尾張国愛知郡那古野(現愛知県名古屋市中区)
築城年 1521年〜1528年ごろ
信長の居城期間 1534年〜1555年

清須城

Wikipediaより引用
城の位置 尾張国春日井郡清須(現愛知県清須市一場)
築城年 1405年
信長の居城期間 1555年〜1563年

小牧山城

https://bushoojapan.com/bushoo/shin/2019/05/21/125439より引用
城の位置 美濃国(岐阜県南部)
築城年 1563年
信長の居城期間 1563年〜1567年

岐阜城

Wikipediaより引用
城の位置 美濃国井之口(現岐阜県岐阜市)
築城年 1201年
信長の居城期間 1567年〜1576年

安土城

Wikipediaより引用
城の位置 近江国蒲生郡安土山(現滋賀県近江八幡市安土町下豊浦)
築城年 1576年
信長の居城期間 1579年〜1582年

織田信長の子孫

織田信長の子孫で最も有名な子孫は誰なのでしょうか?

詳しく見ていきましょう!

織田信成

Wikipediaより引用

織田信長の子孫と言われている中で最も有名な子孫はやはりフィギィアスケート選手の「織田信成」選手ではないでしょうか?

バンクーバー五輪に出場や2008年全日本選手権での優勝とフィギィアスケーターとして輝かしい成績を収めています。

何かに秀でているという点では織田信長の血筋を受け継いでいると言えるのではないでしょうか?

まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は戦国武将の中では名実ともにNo.1である織田信長について紹介させていただきました。

織田信長についてもっと詳しい情報が欲しい方は以下の書籍を参考にしてみてください!

関連する書籍は、今後追加予定です。